安倍晋三首相が辞任を表明した今月12日、家族会代表で、横田めぐみさん=拉致当時(13)=の父、滋さん(74)は、胆嚢(たんのう)を全摘する手術を受けた。手術は成功し、結果も良好だ。滋さんは6月末、総胆管結石症で入院した。今回の手術は新たに胆嚢にも石が見つかったためだった。
「まだまだ頑張ってもらわないといけないから」
そう話す母、早紀江さん(71)も体調は万全ではない。
以前からの肩の痛みが取れず、朝起きあがるのもつらい。それでも、家族会の活動には可能な限り参加している。
「こんなふうにいろいろと(体調の不具合が)出てくるし、考えられないことも起きる。(滋さんの)体力が弱っているのは見ていても分かる」
早紀江さんは一抹の不安を打ち明ける。
年齢を重ね、体力的な衰えは他の家族も同じ。増元るみ子さん=同(24)=の父、正一さんや、市川修一さん=同(23)=の姉、渡辺孝子さんらが、再会を果たせぬまま亡くなっている。「私たちには時間がないんです」。早紀江さんはそう訴える。
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そうした心配は、被害者本人にも当てはまる。めぐみさんが拉致されてから今年11月で30年。10月5日には43歳を迎える。20代に拉致された若者たちも50代を超えた。
北朝鮮の劣悪な食糧・医療事情、インフラ未整備からくる風水害…。北朝鮮では毎日が死と隣り合わせだ。
今年8月にも北朝鮮は大水害に見舞われ、数百人が死亡・行方不明となり、90万人以上が被災したと伝えられる。
「拉致被害者が水害で亡くなっていたらどうしよう」。めぐみさんの弟、拓也さん(39)は、増元るみ子さんの弟、照明さん(51)とささやきあった。
医療事情も懸念される。「被害者が健康管理できているか心配だ」。拓也さんの思いは決して杞憂(きゆう)とはいえない。
帰国後の健康診断で右肺に腫瘍(しゅよう)が見つかった曽我ひとみさん(48)は平成15年3月、都内の病院で摘出手術を受けた。曽我さんは今年6月、都内でそのときの手術体験を語っている。
「向こうは検診があまりなく早期発見は難しい。私は日本に帰ってきたからがんを見つけてもらい、こうして元気で働ける。つくづく幸せだ」
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「長すぎる。それだけ。長すぎるんです、本当に」。金正日総書記が拉致を認めてから5年。家族会が結成されてからは10年がすぎた。代表として、会発足時から激務を続ける父、滋さんを支える拓也さんは振り返る。
滋さんは今年に入り、体力的な衰えから代表を退くことも口にした。夫妻の講演会は全国1000カ所を超えたが、体調を考慮して、今では回数を減らしている。
そうした両親世代をサポートするため、拓也さんらも街頭に立ち、政府との折衝にも加わる。
職場の理解があるとはいえ、拓也さんは「仕事で政府からの電話を取れず、すぐに情報のやりとりや意思疎通ができなかった。仕事中に拉致問題のことはできないし…」と語る。
仕事を辞め、事務局長として家族会の活動に専念する照明さんは「僕が職をなげうってまで拉致問題に取り組んでいるのは、政府がやってくれなかったからだ」と理由を話す。照明さんは決意している。
「これ以上若い世代にまで拉致問題を持ち越してはいけない。それまでに解決しなければならない」